東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1530号 判決
控訴人は、被控訴人の店員と称して控訴人の窓口で支払を求めた前記豊田は、かねて被控訴人から領収証に押捺する印鑑として届出てあつたものと同一の印鑑を押捺し、且つ先に控訴人が送付した支払通知書に記載した金額を領収金額欄に記載した領収証を提出し、弁済者即ち東京都内の他の一流百貨店同様にその支払期日には一日一千件の窓口支払をする控訴人から観察し、一般取引の通念に照らして真実弁済受領権を有するものと認めるに足る外観を備えており、民法第四七八条にいう債権の準占有者に該当する者であるから、その提出した領収証が偽造であるとしても、控訴人の支払は有効である、と主張するので考えるに、控訴人の窓口に提出された本件領収証は、受領者たる被控訴人の代理人出納課長の署名捺印があり、印紙の貼用及びその消印、受領金額等すべて具備していたものであることは、さきに認定したところにより明らかであるし、たゞ右領収証の左肩に押捺されていた<写>のゴム印は窓口に提出された時は、インキ消で消されていて、一見して容易にこれを認め得ない状態にあつたことは、前記証人広瀬郁子、古本知恵子、高橋米子、宮村市三の各証言並びに成立に争いのない乙第三号証を綜合してこれを認めるに十分である。かかる場合、一日相当多数の支払をすることの推認される控訴人の事務担当者が、右領収証の<写>印の消し跡を発見し得なかつたとしてもまことに無理からぬことであり、右領収証の提出を、被控訴人の代理人として本件売上金を受領する権限があるものと信じて、前記小切手を交付して、代金を支払つたことにつき、善意であり、かつ過失がなかつたものと認定するのが相当である。
してみれば、右領収証の提出者たる豊田千秋に対する本件売上金の支払は、債権の準占有者に対する弁済として、被控訴人に対してその効力を有するものというべきである。尤も民法第四七八条のいわゆる債権の準占有者は自己のために債権を行使する者即ち自ら債権者であると称して債権を行使した者を意義するもので、債権者の代理人として本人のため債権を行使する者を包含しないと解する見解があり、これに従うときは、豊田と称する男が被控訴人の代理人出納課長望月正光名義の領収証を持参したものであるから、同条にいわゆる債権の準占有者といえないことになるけれども、準占有についても代理人や機関によるものを認めうるし、善意無過失の弁済者を保護すべきであるとの理由から、債権者の代理人と称して受領する場合にも民法第四七八条の適用があるもの解とし、前記見解に従わない。
(角村 菊池 土肥原)